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BS押井特集1 「ビューティフル・ドリーマー」

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 1960年代中盤~70年代中盤に生まれた人達の中で、「うる星やつら」は、その名前を知らない人はいないんじゃないか、と思う位有名な作品である。  ちなみに自分は小中時代サンデー派だったので、一応原作マンセーだった。この為、TVシリーズや、映画第一作にはあまり興味がなく、あまり見ていなかったと記憶している。  しかし、何が原因か忘れたが、中学2年の時、「 うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー 」を見に行った。当時売り出し初期の吉川光司のデビューにして、映画発出演のプロモ映画との抱き合わせだったのも覚えている。  で、「うる星」だけ見て帰る筈が、この「ビューティフル・ドリーマー」を見終わった後、その吉川主演映画迄見るはめになった。理由は簡単、もう一回「ビューティフル・ドリーマー」を見る為である。  それ位、子供の自分が面白いと思ったからに違い無いのだが、実は、「よくわからなかった」というのが本音だったのが、今回の、BS特集で判明した。  おー20年数年ぶりに「あー、そうゆう事だったのかー」と納得したのでちょっとうれしい。  藤岡さんが声の出演をした怪人は、押井監督自身だったんだ、とか、ラムは高橋留美子大先生の娘的愛玩キャラだったんだ、とか、あの「バク」は、高橋留美子そのものだったんだ、という人間関係を描いたハナシだったんですねー。  なるほどねー。それで辻褄が合う。「うる星やつら」という魅力的な題材で、押井監督始めスタッフは遊びたかった。しかし現実問題、ラムは高橋留美子のものであって永遠に手に入らない鏡餅だ。だったら「映画という表現方法を用いて独占しちゃえ」って事で、ラム(高橋留美子の娘)に手を出すが、結局あたる君に、その夢を挫かれ(あたるは挫いたつもりはない)、高橋留美子という、実在の人物の分身である、「マルC(高橋が持っている著作権)バク」が、こんな下らない話回収しちゃえって事で、その世界そのものを無に帰してしまう。  著作者としては、「こんな下らない話白紙にしてしまった」のだが、映画はもう作られて観客は見ているから、最後に出てくる高橋留美子であり、原作マンセーのファン代表の分身である「ラムの子供姿の女の子」から「責任とってね」と言われる。あれはあたる君に言ったのではなく(その上を見上げたショットから)、監督やスタッフ、そしてこの映画を見て「面白い!」と思った...

今週も色々あったなぁー

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「先の大戦において私の命令だというので、戦線の第一線に立って戦った将兵たちを咎めるわけにはいかない。しかし許しがたいのは、この戦争を計画し、開戦を促し、全部に渡ってそれを行い、なおかつ敗戦の後も引き続き日本の国家権力の有力な立場にあって、指導的役割を果たし戦争責任の回避を行っている者である。瀬島のような者がそれだ」 by 昭和天皇陛下 田中清玄自伝 ■ 正に、「緋色の時代」そのままやんけ・・  冷戦構造の再構築か?と考えるより、大小入り混じった国家同士がお互いの国家の威信と利益を本気で担保したがっているという、本当の意味での分散型地域社会に傾きだした。それが目立った形でニュースなっているだけ、という気がしなくもない。帝国主義全盛時ならこんな話は、もう掃いて捨てる程あったのではないかと思うので。  そうなると、外相の北に対する、ともすれば今後の展開を一切語らない姿勢、石橋を叩いて渡るような発言も納得がいく。要するに「信用してないんですよ」という事だ。  しかし、ビジネスの世界は、勿論、商法、契約書内容が全てとは言え、信頼関係なくしては取引がままならないし、例えば、スーパーで食料品を買う時、全て味見してからでないと買わない人ってあまりいないと思うんですね。それって、信用してるからそこ迄しない訳で、例えば、そのスーパーが、腐った食品を売っていて、返品しに行った時、店員から「だってあんた味見しなかったじゃん」等と言われたとしたら・・・ 船戸与一: 緋色の時代〈上〉 〈下〉 ■ さすが、茂さんの血が入った人だよ。つうか放言癖は、俺も一緒だし  て言うか国際問題発言であれだけ慎重な人が、コレはマズいだろう。一部の人が喜ぶだけじゃん。今これをネタにしていいのはビートたけしくらい。彼が言っていたので、申し訳ないが失笑したネタがある。  日本は陸上競技で、特に”走る”競技に弱いとの話の中で、「じゃ、ア○○○○マ○の人が出りゃいい。歩くスピードのコントロールが旨くできなくて、じゃんじゃんじゃんじゃん速くなっちゃうんだって。だったらそのまま歩かしてりゃとんでもないスピードで勝てるんじゃないか」とかね。  あー・・・チョット、チョットチョット。 ■ まぁまぁ一安心てトコか。アルツ・・・さえなけりゃあ。ったくもうっ!  淡々とやったって事は、発言も回答も事前準備バッチリ且つ今後の見通しもある...

新井田孫三郎

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 船戸与一の小説「蝦夷地別件(上)(中)(下)」に出てくる松前藩の番頭です。  この、男が、実にいい。  時は江戸末期、蝦夷、松前、江戸が舞台のこの小説に絡むのは、ロシアの南下策と江戸幕府の蝦夷地召上げ。ロシアの占領にあえぐポーランド人が、ロシアの目を蝦夷地に向けさせ様と画策した所から、歯車が動き出します。  佐藤優の「国家の罠」を読んだ時、あっ、と思ったのは、この小説の主人公の内の一人、「新井田孫三郎」を思いだしたからに他なりません。松前藩はアイヌを相手に権謀術数を施し、江戸幕府は蝦夷を直轄地とせん、として松前藩から取り上げるべく権謀術数を施します。  本書の解説でも指摘されている、船戸与一の分身である坊主「清澄」に語らせる、松平定信評、「蝦夷地政策に関しては権謀術数の権化」というセリフからもわかるように、元々国際法なんてのがなかった時分の「領土」の考え方は、「獲るか盗られるか」という、かなり植民地政策的というか、帝国主義的で、何かギラギラしたものを感じますね。  その松前藩の、今で言えば「官僚」にあたる「番頭」の新井田孫三郎と、佐藤優が実にうまい具合に重なったのです。 佐藤優は主に国外の仕事をしていましたが、新井田は主に幕府向けの職務を、持てる力全てを注いで忠実にこなそうとします。  その通り、新井田は、「職務に忠実」なのであって、「藩主に忠実」な男ではなかったのです。船戸は、この男を描く事によって、現在の日本の官僚の一つの姿を浮き彫りにしたように感じます。  佐藤氏は、何故か僕には、仕えるべき国民ではなく、「職務」に忠実な官僚像のステレオタイプに見えます。  まだ未読であれば、ご一読をおススメしたい本です。  また、アイヌには独特な楽器「トンコリ」というリズム系弦楽器てのがあって、始めて聞いたのは音のみだった為、シンセサイザーかよ!って思いました。ものすごく澄んだ音色の楽器です。これでユーカラ(英雄譚)を語るんですねェ・・・なんでそんな事を知ったかというと、角松敏生氏のアルバム、「 INCARNATIO 」に入ってたから(へへ)。このアルバムいいですよ。すごく。出来れば、 DVD も見た方がいいかと・・・。アイヌのトンコリ奏者、OKIさんと、角氏がどうやってこのアルバムを作っていくか、なんてドキュメンタリーもついてたりするので。ちょっと高いスが・・・。 ---...

SAS-冒険小説 II-英雄英国人

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 アンディ・マクナブと同じ隊にいたこともある、クリス・ライアンの筆による冒険/軍事作成遂行小説。  比較される事も多いと思うんですが、どうしても、失敗と裏切りと、うまくいかない人間関係が根底にあるアンディの小説の方が僕は好きです。流石隊長、といった所ですが、クリスの描く世界が、そこらの凡百の小説より興味深いって事は言う迄もありません。クリスの方が幾分乾いた感じで、作戦遂行するようなイメージがありますね。完全主義というか、生粋の白人というか。。。  次回作の登場人物に、ニック、セアラだって。アンディの「 クライシス・フォア 」と一緒じゃん、って。この二人はSAS止めてもライバルなんでしょうかね。 【ノンフィクション】 ブラヴォー・ツー・ゼロ 孤独の脱出行 【小説】 襲撃待機 弾道衝撃 偽装殱滅 孤立突破 特別執行機関カーダ 暗殺工作員ウォッチマン SAS特命潜入隊 テロ資金根絶作戦 抹殺部隊インクレメント 逃亡のSAS特務員

米英史観の冒険小説-不良イギリス人

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 中東での戦争について、まだ不勉強だった頃読んだ為、あの頃はまだ楽しんで読めたアンディ・マクナブもの。勿論今でも興味深く読んでいることには間違いはないが、再度読み返す必要があるかもなぁ。ただ一環して主人公のニック・ストーンは、ただ、自分の、普通の生活をしてみたいだけなのだ。彼も戦争の犠牲者であることには違いないが、加害者でもある。  人間が何か作業する時、それは技術を伴う。その技術を、人に危害を加える事と、人からの危害を防御する事、危害を加える事を事前に察知する事、察知した物事を事前に防ぐ為にしなければならない事に絞って訓練された人達が、確かに存在する。そしてその過程で生み出された数々の道具達も存在する。  アンディが描くこの、ニック・ストーンシリーズは、その"技術”を使って、普通の生活を取り戻そうとする悲しい男の物語です。そして勿論、彼は命令されて、あるいは脅迫されて動くわけです。  このクソ壷のような状況で、主人公が何を考え、何に苦しんでいるのか考えてみると、作者アンディの気持ちも伝わってくるかもしれません。兵士だって人間なんだ、と。 リモート・コントロール クライシス・フォア ファイアウォール ラスト・ライト 解放の日